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最高裁判所第二小法廷 昭和51年(オ)1273号 判決 1981年9月18日

上告人

三菱重工業株式会社

右代表者

末永聡一郎

右訴訟代理人

木村憲正

外八名

選定当事者

被上告人

久保田達郎

外二名

右三名訴訟代理人

山本博

中村巌

選定者

野中義民

外二二名

主文

原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。

被上告人らの請求をいずれも棄却する。

訴訟の総費用は被上告人らの負担とする。

理由

上告代理人木村憲正の上告理由第一点及び第二点、同酒巻弥三郎、同植松宏嘉、同青木一男の上告理由第一点及び第二点、同和田良一、同古賀野茂見、同青山周、同宇野美喜子の上告理由第一点ないし第三点について

一原審の適法に確定した事実関係は次のとおりである。(1) 被上告人らを選定した原判決別紙目録(一)記載の選定者ら(以下「被上告人ら」という。)は、上告会社の長崎造船所に勤務する従業員であり、三菱重工長崎造船労働組合(昭和四五年九月一三日結成、以下「長船労組」という。)に所属する組合員である。(2) 長船労組が昭和四七年七月及び八月の両月にわたつて行つたストライキに際して、上告会社は、被上告人らに対して、各ストライキ期間に応じた家族手当を所定の賃金支払日である同年七月及び八月の各二〇日に支払わず、これを削減した。(3) この家族手当は、上告会社の就業規則の一部である社員賃金規則一八条(昭和四七年六月改正のもの。)により、扶養家族数に応じて毎月支給されていたものである。(4) 長崎造船所においては、昭和二三年頃から昭和四四年一一月まで、就業規則の一部である社員賃金規則中に、ストライキ期間中、その期間に応じて家族手当を含む時間割賃金を削減する旨の規定を置き、右規定に基づいてストライキ期間に応じた家族手当の削減をしてきた。(5) そして上告会社は昭和四四年一一月一日賃金規則から家族手当削減の規定を削除し、その頃作成した社員賃金規則細部取扱(以下「細部取扱」という。)のなかに同様の規定を設けたが、この作成に当たつて、上告会社従業員の過半数で組織された三菱重工労働組合の了承を取りつけた模様である(なお、長船労組は、前記のとおり昭和四五年九月に結成されたのであつて、この当時は存在しなかつた。)(6) 上告会社は、この改正後も、昭和四九年家族手当が廃止され、有扶手当が新設されるまで、従来どおり、ストライキの場合の家族手当の削減を継続してきた。(7) なお、長船労組は、昭和四七年八月一七日、上告会社に対し、家族手当削減分の返済を申入れた。

原審は、以上のような事実を認定しながら、家族手当の削減が労働慣行として成立し、それがすでに被上告人らとの労働契約の内容となつているものとは認めえないとし、本件の場合に家族手当を削減することは、労働基準法三七条二項及び本件賃金規則二五条の規定の趣旨に照らしても著しく不合理であるから、このような不合理な労働条件は、たとえ会社側が一方的に家族手当の削減を継続してきた事実があつても、これによつて適法かつ有効な事実上の慣行として是認することはできない、と判断している。

しかしながら、原審の認定した事実関係によれば、上告会社の長崎造船所においては、ストライキの場合における家族手当の削減が昭和二三年頃から昭和四四年一〇月までは就業規則(賃金規則)の規定に基づいて実施されており、その取扱いは、同年一一月賃金規則から右規定が削除されてからも、細部取扱のうちに定められ、上告会社従業員の過半数で組織された三菱重工労働組合の意見を徴しており、その後も同様の取扱いが引続き異議なく行われてきたというのであるから、ストライキの場合における家族手当の削減は、上告会社と被上告人らの所属する長船労組との間の労働慣行となつていたものと推認することができるというべきである。また、右労働慣行は、家族手当を割増賃金の基礎となる賃金に算入しないと定めた労働基準法三七条二項及び本件賃金規則二五条の趣旨に照らして著しく不合理であると認めることもできない。これと異なる見解に立つて本件家族手当の削減を違法とした原判決は、法令の解釈適用を誤つたものというべきであつて、右違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は、その余の点につき判断するまでもなく破棄を免れず、更にこれと同旨の第一審判決は取消を免れない。

二そこで進んで、原審が確定した事実に基づき被上告人らの請求の当否について判断する。

まず、被上告人らは、本件家族手当は賃金中生活保障部分に該当し、労働の対価としての交換的部分には該当しないのでストライキ期間中といえども賃金削減の対象とすることができない部分である、と主張する。しかし、ストライキ期間中の賃金削減の対象となる部分の存否及びその部分と賃金削減の対象とならない部分の区別は、当該労働協約等の定め又は労働慣行の趣旨に照らし個別的に判断するのを相当とし、上告会社の長崎造船所においては、昭和四四年一一月以降も本件家族手当の削減が労働慣行として成立していると判断できることは前述したとおりであるから、いわゆる抽象的一般的賃金二分論を前提とする被上告人らの主張は、その前提を欠き、失当である。所論引用の判例(最高裁昭和三七年(オ)第一四五二号同四〇年二月五日第二小法廷判決、民集一九巻一号五二頁)は事案を異にし、本件に適切でない。

次に被上告人らは、本件家族手当の削減は、(1) 労働基準法三七条二項が割増賃金算定の基礎に家族手当を算入しないとする法意並びに、(2) 同法二四条の規定にも違反する、と主張する。しかし、同法三七条二項が家族手当を割増賃金算定の基礎から除外すべきものと定めたのは、家族手当が労働者の個人的事情に基づいて支給される性格の賃金であつて、これを割増賃金の基礎となる賃金に算入させることを原則とすることがかえつて不適切な結果を生ずるおそれのあることを配慮したものであり、労働との直接の結びつきが薄いからといつて、その故にストライキの場合における家族手当の削減を直ちに違法とする趣旨までを含むものではなく、また、同法二四条所定の賃金全額払の原則は、ストライキに件う賃金削減の当否の判断とは何ら関係がないから、被上告人らの右主張も採用できない。

そうすると、上告会社のした本件家族手当の削減は違法、無効であるとはいえず、被上告人らの各請求はいずれも理由がないから、棄却を免れない。

よつて、民訴法四〇八条一号、三九六条、三八六条、九六条、九三条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(宮﨑梧一 栗本一夫 木下忠良 鹽野宜慶)

上告代理人木村憲正の上告理由

第一点 法令の解釈適用の誤り。

(一) 原判決は

「長崎造船所においては、昭和二三年ごろから昭和四四年一一月まで就業規則の一部たる社員賃金規則中に、ストライキにより所定労働時間中に労務を提供しなかつた場合には、その期間中その期間に応じて家族手当を含む時間割賃金を削減する旨の規定をおき、右規定に基づいてストライキ期間に応じた家族手当を削減してきたが、昭和四四年一一月一日右賃金規則から右家族手当カットの規定を削除し、そのころ作成した前記細部取扱なるもの中に同様の規定をもうけ、依然としてストライキの場合には家族手当の削減を行つてきた。」(原判決理由一の2)という事実は認めながらも、「家族手当の削減が選定者らの合意のもとになされてきた事実を認め得る証拠はなにもない(かえつて前掲甲第五、第七、第八号証によれば、本件家族手当カットを強行中の昭和四七年八月一七日選定者らの所属する長船労組が会社側に対し家族手当カット分の返済を申し入れたことが認められる。)から、このように継続して会社側が一方的に選定者らに不利益な労働条件を押しつけてきた事実があるとしても、これを目して控訴人主張のごとく家族手当の削減が労働慣行として成立し、それがすでに選定者らとの間の労働契約の内容となつているものとは認め得ない。のみならず、家族手当は、前示のとおりもともと労働の対価としての性質を有するものではなく、本件の場合に家族手当を削減することは、時間外、休日および深夜の割増賃金算出の基礎となる賃金には家族手当は算入しないことを明示する前掲労働基準法第三七条第二項や本件賃金規則第二五条の規定の趣旨に照しても著しく不合理であるから、このような不合理な労働条件は、たとえ会社側が一方的に家族手当の削減を継続してきた事実があつてもこれによつて適法かつ有効な事実上の慣行として是認し得る理由はなく、到底有効な労働契約の内容となり得るものとは解し得ない。」(原判決理由五)と判示して慣行の成立を否定した。

(二) しかし、これは民法九二条の解釈適用を誤まつている。民法九二条にいういわゆる「事実たる慣習」とは「ある法的効果を伴う行為のパターンが一定範囲の人間集団においてくり返し行われていること」(有斐閣「注釈民法」一〇八ページ)であるとされており、最高裁判所昭和五一年三月八日第二小法廷判決(昭和五〇年(オ)第一一四三号大栄交通事件)においても、定年退職者を嘱託として再雇用するという行為が昭和三五年ごろから昭和四三年までくりかえされたことをもつて、再雇用するとの労働慣行の成立を認めた原審の判断を支持している。したがつて原判決の「昭和二三年ごろからストライキ中の家族手当を削減してきた」という事実認定は、「事実たる慣習」の成立を認めたことにほかならない。

ところが、その後の判示において、「削減が選定者らの合意のもとになされてきた事実が認められないこと」及び「家族手当の削減は著しく不合理であること」を理由に慣行、いいかえれば「事実たる慣習」の成立を否定してしまつている。

しかしながら民法九二条は「法律行為ノ当事者カコレニヨル意思ヲ有セルモノト認ムヘキトキ」という要件はかかげてはいるが、原判決のように「当事者の合意によるとき」及び「著しく不合理ではないとき」というような要件は掲げていないし、前掲大栄交通事件判決も同様である。

(三) 要するに原判決は民法第九二条の適用にあたつて同条が定めもしない要件を持込んでおり、法令の解釈ないし適用に誤りがあり、前掲判例に違反している。第二点 理由不備、理由そご、法令の解釈適用の誤り。

(一) 原判決は労働慣行の成立要件として、一定の事実の反復継続では充分とせず、その他に相手方の合意があること、及び著しく不合理ではないことを必要と解しているが、事実の反復継続の外に要件が要るとしても原判決は以下の点において誤つている。

(二) 合意について

一般に、労働慣行というものがあつて、当事者を拘束するものとされ、前掲最高裁の大栄交通事件判決でも定年後再雇用の労働慣行が認められている。

もし仮にこの労働慣行生成の過程において、労働慣行となろうとしている事実(本件ではストライキ中の家族手当をカットすること)につき、当事者間で合意が出来れば、その合意が当事者を拘束することになる。このような場合、当事者を拘束する根拠としてわざわざ労働慣行をいう必要はない。合意以外に当事者を拘束する根拠を説明するためにこそ労働慣行という法律要件が別個に言われているからである。

したがつて原判決の言うような意味での「合意」は労働慣行成立の要件ではない。

一定の事実の継続反復が当事者間の権利関係に変動をもたらす制度として時効制度があり、取得時効が「平穏公然」を要件としていることとくらべて、労使慣行の成立にも「平穏公然」と対応するたぐいの要件があるべきであるとの考えから、それを原判決は「合意」と表現したのかもしれない。

しかしそうだとしても、原判決のように当事者間でストライキ中の家族手当をカットするという明確な「合意」を要件とすべきではなく、「相手方の反対を押し切つて実施されたものではないこと」あるいは「実施にあたつて相手方の反対がなかつたこと」で足りるはずである。

原判決は「家族手当の削減が選定者らの合意のもとになされてきた事実を認め得る証拠はなにもない(かえつて……本件家族手当カットを強行中の昭和四七年八月一七日選定者らの所属する長船労組が会社側に対し、家族手当カット分の返済を申入れたことが認められる)」と判示している。本件ではこの判示のように、昭和四四年一一月以降家族手当のカットを改めて互いに承認するという意味での合意は行われなかつたが、逆にカット分返済の申入れが昭和四七年八月一七日に行われるまでは、就業規則にカットの定めがあつた時代を入れれば昭和二三年以降、右定めが就業規則から賃金規則細部取扱に移された後でも昭和四四年一一月一日以降、いずれも昭和四七年八月一七日まで何ら反対の意思表示は選定者らからも、労働組合からも行われていないのである。

このことについては上告人は一審第二回準備書面及び原審第一準備書面(その三の(三))において主張し、被上告人もこの事実は明らかに争つていない。

家族手当のカットはストライキが行われる度に賃金支給日に行われ、これは被上告人や選定者らには賃金支給明細を見さえすれば明らかなことであつた。

この家族手当のカットは、昭和二三年からは就業規則に従い、昭和四四年一一月からは細部取扱に従つてカットされてきたものであり、決して強行的あるいは秘密裡に行われたものではない。

以上要するに、原判決は労使慣行という法律要件の成立につき、要件事実とすべきでない「合意」という要件を持込んだ違法あるいは慣行の成立要件の解釈に誤りがある。

(三) 不合理でないことにつき

1 原審は、ストライキ中の家族手当カットにつき、労働慣行があればカットできるとしながら、他方ではカットする慣行は労働基準法(以下労基法と略す)第三七条第二項の趣旨に照し著しく不合理であるから適法な慣行として是認できないと判示している。

しかし、スト中の家族手当カットの慣行が労基法第三七条第二項の趣旨に照し、著しく不合理であつて適法でないというのであれば、そのような労働慣行は本件に限らず一般論としても、もともと有効に成立しえないことになるのであるから、原判決のいうように、労働慣行があればカットできるという命題の成立の余地はないはずである。逆に、労働慣行があればカットできる、というのであれば、そのような労働慣行は著しく不合理であつて適法に成立しえない、とはいえぬはずである。

結局、この点の原審の判示は前後矛盾しており、理由不備である。

2 次に原審は右慣行は労基法第三七条第二項の趣旨に照し著しく不合理であるというも、どんな理由から不合理なのかを明確にしていないが、以下述べるようにこの慣行は決して不合理な慣行ではなく、結局原審は労基法第三七条第二項の解釈適用を誤まつているか、不合理という判断に理由不備の違法がある。

すなわち、この慣行が不合理であるという理由は次の三つが考えられる。

第一に、労基法三七条をもつて、賃金は労働の対価的部分と生活補助的(あるいは補償的又は保障的)部分に区分され、後者についてはストライキをしてもカットすべきでない、と解釈する立場がある。

一審判決は右の立場を更に押し進めて、三七条は強行法規的にカットを禁止しているものと解釈した。

原審は、一審判決のような意味での強行法規性は否定して、労働契約や労働慣行があればカットできるとしたけれども、結局は三七条を前記のように解釈し、これを合理的な制度とみ、これと異る制度は不合理であるとみているのである。

しかし、仮に右のように賃金が二分されるとしても、何故にストライキ中の家族手当カットが合理的でないのであろうか。

家族手当は「生活補助的(保障的)賃金部分である」という場合の「生活保障」という文字に特別の力点を置き、「生活保障」であるから、いかなる場合でもこれを削減すべきではない、したがつて削減するという制度自体が不合理であるというのであろうか。

しかしこの考えを押し進めると、使用者は労働者の生活を保障してやらねばならぬこととなり、「生活保障的」部分が全くない賃金形態は法律上適法有効な存在とは認められず、労働協約等に特別の定めを置いて、カットを認めること自体不合理な制度とならざるをえない。

これでは賃金の内容を使用者と労働者とで自由に決定できる原則さえ否定することになる。

最高裁判所昭和四〇年二月五日判決明治生命事件では、「勤務手当および交通費補助は労働の対価として支給されるものではなくて職員に対する生活補助費の性質を有することが明かであるから……当然には削減しえない」と判示されたが、昭和四九年二月七日判決明治生命再上告事件では「争議行為により削減しうる賃金は労働協約等に別段の定めがある場合のほかは、拘束された勤務時間に応じて支払われる賃金の性格を有するものでなければならない」とだけ判示して、「生活補助費」という表現を落としているが、これは「生活補助費」という文字に特段の意味を置いていない証拠でもある。

第二は、拘束された勤務時間に応じて支払われる賃金は、勤務を欠いた場合それに見合う分を削減するのは合理的であるが、勤務時間に応じない賃金を勤務を欠いたからといつて削減するのは不合理であるという考えから本件慣行は合理的でないというのであろうか。

しかし原判決は、拘束された勤務時間に応じない賃金であつても労働協約等に特段の定めがある場合やその旨の慣行がある場合、いいかえれば労働協約、就業規則、労働契約、当事者間の合意、慣行などがあれば削減していいというのであるから、これは拘束された勤務時間に応じない賃金をストライキをした期間中カットするという制度そのものが不合理だというのではなく、要するにカットしていいという定めがないのにカットするのは不合理だ、というにすぎない。

これはカットしていいという慣行が合理的かどうかという判断にあたつて、カットしていいという慣行がないから不合理である、ということを別の言葉で表現しているにすぎず、労働慣行それ自体の合理性の問題ではない。

第三に、時間外労働をさせたときの割増賃金算定の基礎に入れない、すなわち所定時間を超えて働かせたときは支払わずにおきながらストライキしたときは削減するというのではバランスを失する、という意味で合理的でない、というのかもしれない。

しかしこれは、ストライキが労務を提供しないことにより使用者に損害を与える目的で行われるものであるというストライキの本質を見忘れたものである。

以上要するに、労働慣行が合理的か否かという点についての原審の判断は、いかなる意味で合理不合理を考えているのか明かでないうえに、前記のように不合理ともいえないのであるから、原判決には理由不備、理由そごまたは労働基準法第三七条についての解釈の誤りがある。

(四) 以上のように、労働慣行成否の判断にあたつて「合意の存在」と「合理性」を要求した原審の判断には、法令の解釈適用に誤りがあり、理由に不備又はそごがあつて取消を免かれない。

<参考・第二審判決抄>

(福岡高裁昭五〇(ネ)第六二一号、昭51.9.13判決)

〔主文〕

一 本件控訴を棄却する。

二 控訴費用は控訴人の負担とする。

三 <省略>

〔理由〕

二およそ、使用者が労働者に対してストライキによつて削減しうる賃金は、労働協約等に別段の定めがあるとか、その旨の労働慣行がある場合のほかは、拘束された勤務時間に応じて、実際の労働力の提供に対応して交換的に支払われる賃金の性格を有するものと解すべきところ、労働者の賃金のうち「家族手当」、「通勤手当」のごときものは、労働の対価的性質を有するものではなく従業員という地位に対して生活補障的に支払われるものであり、所定の資格条件があれば日々の労働力の提供とはかかわりなく、毎月定額が支給されるものであるから、従業員がストライキによつて労務に服さなかつたからといつて、直ちにこれらの賃金からその期間に応ずる金額を当然に削減しうるものではないと解するのが相当である。このことは労働基準法第三七条第二項が時間外、休日および深夜の割増賃金を算出するにあたり、その基礎となる賃金から「家族手当」、「通勤手当」等従業員の地位に付随する賃金を除外している趣旨よりしても容易に首肯し得るところである。

三控訴人は、本件家族手当の削減は、控訴人の作成した社員賃金規則細部取扱(以下単に細部取扱という。)の規定に基づいてなされたものであるから有効であると主張するので判断する。

<証拠>によれば、次の事実が認められ、右認定を左右しうる証拠はない。

1 本件家族手当は、控訴人の就業規則の一部である社員賃金規則第一八条(昭和四七年六月改正のもの)により、扶養家族数に応じて毎月支給されていたものである。長崎造船所においては前記のとおり昭和二三年ごろから右賃金規則中にストライキに基づく家族手当カットの規定をおき、右規定によりストライキの場合には家族手当を削減してきたが、昭和四四年一一月一日右賃金規則から右家族手当カットの規定を削除し、そのころ作成した前記細部取扱なるもの中に同様の規定をもうけ、前記のとおり依然としてストライキの場合には家族手当の削減を行つてきた。そして昭和四九年家族手当が廃止され、有扶手当が新設されるまで、右家族手当の削減が行われてきた。

2 右細部取扱は、控訴人がこれを作成するにあたり、控訴会社従業員の過半数で組織された三菱重工労働組合(選定者らの所属する組合ではない)の了承は取りつけた模様であるが、行政官庁への届出や、労働者への周知手続等は一切なされておらず(なお各従業員に配布されている「社員就業規則類集」には就業規則や賃金規則は掲載されているが、右細部取扱は掲載されていない。)、また、就業規則や賃金規則には一応施行の日や改正の日が明記されているのに、細部取扱にはその記載がなく、施行の始期や改正の経過などが全く不明であり、その内容の改廃は会社側で、特別の手続をふむことなく、必要の都度、適宜になされているものである。また、細部取扱は全部で二五項から成つているところ、第一項から第二四項までは、賃金規則やその付則についてそれを更に具体化して細部の取扱を規定したものであるが、第二五項のストライキ中の賃金カット(家族手当カットを含む)の規定については、賃金規則やその付則中にこれに対応する規定がなく、少くとも右規定のみは賃金規則やその付則とは全く無関係にもうけられたものである。

以上認定の事実によれば、本件家族手当カットの根拠となつている右細部取扱は、いずれの点よりみても、これを就業規則の一部であるとは解し得ず、会社側が一方的に定めた内部的な取扱基準にすぎないものと認めるのが相当である。

そしてまた、選定者らや選定者らが当時所属していた労働組合が右細部取扱に合意を与えたことを認めしめる証拠はなにもなく、しかも前掲証拠によれば、選定者らが当時所属していた労働組合はとくに労使間で協議して合意に達した事項以外は一切これを認めない意思を有していたことが窺われる。

そうだとすると、右細部取扱第二五項の家族手当カットの規定が、ストライキによる賃金カットに際しては選定者らを拘束するいわれはないから、控訴人の右主張は採るを得ない。

四次に控訴人は、細部取扱中のストライキによる家族手当カットの規定が選定者らを拘束しないものとしても、民法第六二四条により、ストライキ期間中はその期間に応じて家族手当を削減し得る旨主張するが、同法条は雇用契約における報酬後払の原則を定めたものに過ぎず、「ノーワーク・ノーペイ」の原則が適用されるのは、前記のごとく賃金のうち労働の対価として交換的に支払われる賃金の性格をする部分についてであつて、従業員たる地位の保持に対し保障的に支払われる部分すなわち家族手当等については適用がないのであるから、たとえ労務の不提供がストライキを理由とするものであつても、労働協約等に別段の定めない本件家族手当については、これを削減し得ないものといわねばならない。しかして、控訴人の右主張も採用できない。

五さらに控訴人はストライキに際しては、家族手当の削減が労働慣行として成立し、労働契約の内容となつている旨主張する。なるほど、控訴会社長崎造船所では昭和二三年ごろからストライキ期間中その期間に応じて家族手当が削減されてきたことはすでに説示したとおりであるが、前記のごとく控訴会社が行つてきた家族手当の削減が選定者らの合意のもとになされてきた事実を認め得る証拠はなにもない(かえつて前掲甲第五、第七、第八号証によれば、本件家族手当カットを強行中の昭和四七年八月一七日選定者らの所属する長船労組が会社側に対し、家族手当カット分の返済を申し入れたことが認められる。)から、このように継続して会社側が一方的に選定者らに不利益な労働条件を押しつけてきた事実があるとしても、これを目して、控訴人主張のごとく、家族手当の削減が労働慣行として成立し、それがすでに選定者らとの間の労働契約の内容となつているものとは認め得ない。のみならず、家族手当は、前示のとおりもともと労働の対価としての性質を有するものではなく、本件の場合に家族手当を削減することは、時間外、休日および深夜の割増賃金算出の基礎となる賃金には家族手当は算入しないことを明示する前掲労働基準法第三七条第二項や本件賃金規則第二五条の規定の趣旨に照しても著しく不合理であるから、このような不合理な労働条件は、たとえ会社側が一方的に家族手当の削減を継続してきた事実があつても、これによつて、適法かつ有効な事実上の慣行として是認し得る理由はなく、到底有効な労働契約の内容となり得るものとは解し得ない。よつて、控訴人の右主張も亦採用の限りでない。<以下、省略>

(鍬守正一 綱脇和久 原田和徳)

<参考・第一審判決抄>

(長崎地裁昭四七(ワ)第三六四号、昭50.9.18判決)

〔主文〕

被告は原告らに対し、金三、七二四円およびこれに対する昭和四七年九月二一日より右支払済まで、年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

〔事実〕

原告らは主文同旨の判決を求め、被告訴訟代理人は

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を決めた。

原告らは請求の原因をつぎのとおり述べた。

一、原告らは別紙目録一記載の選定者らから選定された選定当事者であり、選定者らは被告(船舶・原動機などの製造等を営業とする会社)長崎造船所に勤務する従業員であり、その構成する訴外三菱重工長崎造船労働組合(昭和四五年九月一三日結成、以下訴外長船労組という)に所属する組合員である。

二、訴外長船労組は昭和四七年七月および八月に亘りストライキを挙行し、その所属組合員である選定者らは、別紙目録二、三記載のとおり各ストライキ期間中、被告の賃金規則一八条により算定された、各家族数による所定の家族手当(以下本件家族手当という)を、所定の賃金支払日である昭和四七年七月および八月の各二〇日支払われずカット(控除)された。

三、しかしながら、本件家族手当のカットは、左の理由により違法かつ無効である。

(一) 本来賃金には、労働契約に基く労働者の地位に基きその生活保障的、補助的部分と、その労働に所定の労働時間従事し、その労働の対価としての交換的部分、または日々の労働の対価としてでなくその仕事量、勤務時間に関係なく支給される固定的部分とそうでない部分とに分別され、日々労働の対価でない生活保障的、補助的部分または前記意義における固定的部分は、賃金カットの対象とならない(参考、最高裁第二小法廷昭和四〇年二月五日判決)。

本件家族手当は正に右生活保障的、補助的部分に該当し、ストライキ期間中といえども賃金カットの対象となり得ない部分である。

(二) ストライキ期間中の家族手当のカットは、労働基準法三七条の割増賃金の算定の基礎としない同条の法意、ならびに同法二四条の規定にも違反する。

本来割増賃金算定の基礎となる部分は、労働に対する対価的交換的部分である。そして割増賃金の対象とされない以上、ストライキ期間中のカットの対象にもすべきでないこと理の当然である。

四、以上のとおりであるから、被告は原告らに対し、本件家族手当カット合計額金三、七二四円およびこれに対する支払日の後である昭和四七年九月二一日より右支払済まで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

被告抗弁に対する答弁として

一、抗弁一項の事実中、昭和四四年一一月制定の就業規則、およびこれに基く社員賃金規則が存在することは認める。社員賃金規則細部取扱なるものが存在することは知らない。その余は争う。

右社員賃金規則細部取扱なるものは、選定者ら所属の訴外長船労組は勿論、従前所属した訴外全日本造船機械労働組合三菱重工支部も被告からその協議交渉を受けたりこれに同意したことはない。

ましてや就業規則の一部として労働基準法所定の届出、および周知の手続もなされたことなく、その実施期間も定かでない。

このような社員賃金規則細部取扱なるものは、選定者らを何ら拘束する効力がない。

二、抗弁二項の事実中、ストライキ期間中の家族手当のカットにつき、昭和二三年頃賃金規則に定められ、その後同賃金規則からその旨の定めが削除された昭和四四年一一月以前まで実施され、さらにその後も引き続き事実上ストライキ期間中家族手当のカットをなされていたことは認める。

その余は争う。

選定者ら所属の訴外長船労組は予々右カットにつき疑義を抱き、昭和四七年八月一七日被告に対し、右カットの中止を申入れたが、その後も依然として被告はこれを無視し、ストライキの都度家族手当のカットを強行実施してきた。

ストライキ期間中の家族手当カットの事実上の実施は、労働基準法三七条の法意に反し、違法かつ無効であるばかりでなく、選定者ら所属の訴外長船労組との労働協約は勿論、前記のとおり就業規則にも定めなく、さらに労働基準法一五条の規定による賃金など労働条件明示義務にも違反していること明白である。なおこのような家族手当のカットが、勿論労働契約の内容となつているものでもない。仮りにそうであるとしても、労働基準法、労働協約、ならびに就業規則に定める基準を下廻る内容であるから明らかに違法かつ無効である。

と述べた。

被告訴訟代理人は請求の原因に対する答弁として

一、請求原因一、二項の事実(ただし、選定者溜渕信一については別紙目録三記載14中、昭和四七年七月二五日二〇六号における全日ストライキ、および時限ストライキ合計八時間、カット金額一五四円につき)認める。

二、同三、四項は争う。

と述べ、抗弁をつぎのとおり述べた。

一、本件家族手当カットは、被告の昭和四四年一一月制定の就業規則三四条、これに基く社員賃金規則、ならびに社員賃金規則細部取扱二五項(ストライキ等により所定労働時間中に勤務を欠いた場合は、その時間につき時間割賃金(家族手当を含む)を控除する)旨の規定によりカットしたものであるから適法かつ有効である。

二、仮りにそうでないとしても、ストライキ期間中の家族手当のカットは、長年の労働慣行が前記細部取扱なるものに成文化され、労働契約の内容として存在しているものである。

即ち、ストライキ期間中の家族手当のカットについては、昭和二三年頃制定の賃金規則にその旨定められ、昭和四四年一一月改定されるまで実施され、その後は前記細部取扱に移記されて事実上続行され、労働慣行として定着しているものであるから、労働契約の内容として労働者もこれを承諾している事項というべく、この点からしても本件家族手当のカットは適法かつ有効である。

<以下、事実省略>

〔理由〕

一請求原因一項の事実、および同二項の事実(ただし選定者溜渕信一については、昭和四七年七月二五日二〇六号における全日ストライキ一日、時限ストライキ合計八時間の家族手当カット額金一五四円につき)は当事者間に争いがない。

なお選定者溜渕信一の昭和四七年七月五日八号における全日ストライキ、およびこれに対する家族手当カット額七四円については、被告において明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。

二ところで、労働者は使用者との間で労働契約を締結し、労働者としての地位を取得するものであるが、労働者に対する賃金には、日々の労働の対価としての交換的部分と、勤務時間や仕事量に関係なく労働者の地位にある間、固定的に支給される生活補助的、保障的部分とに大別され得ることは、夙に指摘論議され、昭和四〇年二月五日の原告摘示の最高裁第二小法廷判決もその趣意においてこれを認めているところである。

そして、家族手当なるものは、正にこの生活補助的部分に該当し、日々の労働の対価的交換的部分に該当しないこと多言を要しない。

それ故にこそ労働基準法三七条においても、労働の対価的交換的部分を基礎とする時間外労働における割増賃金の算定の基礎に、そうでない生活補助的賃金部分である家族手当などを含ませないことを明言しているものというべく、同条の法意からしても、扶養家族数に応じ、所定の金額を計算支給する、実質的生活補助的意義を有する家族手当については、ストライキ期間中の所謂ノーワーク、ノーペイの意義における賃金カットの対象とすべきでないとするのが、理の当然というべきである。

もつとも労使対等の立場で締結された労働協約、またはこれに準ずる合意に基く別段の定めがなされ、これに基きストライキ期間中の家族手当につき賃金のカットを認容しているばあい、労働基準法が労働者保護の見地から労働条件の必要最低限度の基準を定め、労・使双方が対等の立場で労働条件を決定し、労・使関係の健全な育成をも目的としている同法の精神から、これをも無効なものとして取扱うべきでないと解すべきであるが、労働基準法所定の手続により作成された(即ち少なくとも必要最少限度その効力要件とされる周知手続をも経ている)就業規則であつても、これは結局使用者側において一方的に定め得るものであり、労・使双方対等の立場での協議交渉のうえ、合意に達した上で作成されるものでないから、前記労働協約またはこれに準ずる労・使双方の合意と同一に論ずることはできず、これら労働協約等において合意に達していない事項を就業規則に定めていたとしても法令に違反するばあい、当該部分は労働基準法九二条によつて当然に無効といわねばならない。

そこで、前掲最高裁判決において「労働協約など別段の定めあるばあい」として、賃金中生活補助的部分であつても、ストライキ期間中カットの対象となし得る除外例としていると目される判示部分は、労働法上の賃金の性格、労働基準法三七条の法意、および同法九二条を綜合考慮して、前記のとおりに解するのが相当である。

三被告が昭和四四年一一月以降その頃作成の就業規則、および同規則三四条に基き作成された社員賃金規則が存在することについては、当事者間に争いがない。

さらに被告の長崎造船所においては、賃金規則にストライキ期間中の家族手当をカットする旨定めて、これに基き昭和二三年頃より昭和四四年一一月に至るまで、右カットが実施されていたこと、昭和四四年一一月以降社員賃金規則から右カット事項が削除されたが、その後も引き続きストライキ期間中の家族手当をカットされてきたことについても当事者間に争いがない。

<証拠>によれば、被告は昭和二五年に三菱造船株式会社、三菱日本重工株式会社、および新三菱重工株式会社に分割され、昭和三九年六月一日再び三社合併して一体となり今日に至つているが、被告の長崎造船所においては右分割合併前後を通じ、昭和二三年頃より就業規則の一部である従業員賃金規則中に前記のとおり、ストライキ中の家族手当のカットをなす旨の定めをなし、昭和四四年一一月以降就業規則の一部である社員賃金規則から右事項を削除し、社員賃金規則細部取扱なる書面を作成して、右同様事項を掲記し、これに基き、前記のとおりその後も引き続きストライキ期間中の家族手当のカットをなし、昭和四九年に至つて家族手当を廃止し、有扶手当新設の労・使双方合意に達するまで、強行実施して来たこと、被告は右社員賃金細部取扱につき、昭和四四年七月頃当時被告会社において結成存在した訴外全日本労働総同盟全国造船重機械労働組合連合会三菱重工労働組合(以下訴外重工労組という)、同全日本造船機械労働組合三菱重工支部外一組合の中、訴外重工労組との間において、協議交渉のうえ同労組の了承を取り付けたものの如くであるが、他組合に対しこれを提案協議交渉を持つた形跡がなく、さらに前記のとおり昭和四五年九月一三日結成の訴外長船労組に対しても何ら提案・協議交渉がなされた形跡も見当らないうえ、労働基準法所定の労働基準監督署長に対する届出、および同法一〇六条の規定する、常時各作業場の見易い場所に掲示し、又は備えつける等の方法によつて、労働者に周知させる手続をなした形跡も見当らないこと、そこで選定者ら所属の訴外長船労組は、ストライキ期間中の家族手当のカットを違法として、昭和四七年八月一七日付被告に対し、右カットの中止の申入れをなしていること、なお、右カットにつき労働協約に掲記または労・使双方合意に達した事実も勿論見当らないことなどの諸事実が認められ、他に右認定を左右すべき証拠は認められない。

四右事実によれば、選定者ら所属の訴外長船労組と被告との間においては、ストライキ中の家族手当のカットにつき労働協約または労・使双方の合意もなく、かつまた労働基準法上の周知義務を欠き、実質就業規則としての効力をも否定される社員賃金細部取扱なるものを根拠として右カットを強行実施し、本件家族手当のカットをもなしたものであつて、明白に違法・無効な行為であるといわざるを得ない(仮りにこの点実質的就業規則と同視し得たとしても、前記のとおり労働基準法三七条の法意に反し、同法九二条により当然に無効であるというべきである。)。

結局、右社員賃金細部取扱中右カットを定める二五項は明白に違法・無効であるからこれに基き事実上数年に亘り一方的に実施されたストライキ期間中の家族手当のカットが、適法かつ有効な事実上の慣行として是認し得る理由全くなく、いわんや到底適法有効な労働契約の一内容となり得る筈のものでもない。(仮りに労働契約の内容になつていたとしても明白に違法かつ無効である。)

五以上のとおりであるから、原告らの請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

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